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ストーリー


聖書は、2000〜3600年前に、40人以上の異なる著者が聖霊なる神によって導かれて書かれています。聖書は神が愛する創造物を救う計画についてのストーリーを教えています。そのストーリーは、以下の重要な質問に答えています:この世はどこから来たのか。何が悪化しているのか?この世には何の希望があるのか?聖書のストーリーは5つの章にまとめることができます。 
 
第1章:創造

創世紀1:1と31「初めに、神が天と地を創造した。… そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。… 」

すべてのものより前に、神は存在していました。神様はすべてのものを何もない状況から作られました。神様は、太陽・月・銀河系・超新星などの「天」を作られました。神様は美しさに満ち、複雑に、そして多様にデザインされた「地」を作られました。死、痛み、病気、苦しみはありませんでした。神様は人間を特別なものとして作られました。

創世紀1:27~29「神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。神はまた、彼らを祝福し、このように神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」ついで神は仰せられた。「見よ。わたしは、全地の上にあって、種を持つすべての草と、種を持って実を結ぶすべての木をあなたがたに与えた。それがあなたがたの食物となる。」

神様は人類とともに生き、彼らを地上の牧者として作られました。命は神とともにあり、永遠であり、善いものでした。

創世記1-2章全体を読んでみましょう。

第2章:堕落

創世紀2:15~17「神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。神である主は、人に命じて仰せられた。『あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。』」

創世紀3:4~6「そこで、蛇 [悪魔] は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。」

人間は神様に従わないことを選ぶことによって罪を犯しました。罪は人間の神様との関係を破壊しました。結果として、全創造物は台無しにされ、罪、死、病気、災害、痛み、苦しみなどのすべての邪悪な事柄が創造物を侵略しました。

しかし、神様の中にある偉大な愛と憐れみによって、彼の創造物を回復し、新しくするという約束がなされました。

創世紀3:15「わたしは、おまえ [悪魔] と女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」 
 
この秘められた約束は、救い主を預言する最初の約束でした。その救い主は人間であり、彼の傷を通して、彼は人類の敵を打ち負かし、人類を救われるのです。この救い主は、「メシア」として知られています。(ヘブル語;ギリシャ語=「キリスト」)この時点から神の民は、神様への人間性を回復し、堕落した創造物を正されるメシアの到来を待ち望み始めるようになります。

[創世記3章全体を読んでみましょう]

第3章:イスラエル

ローマ5:12「… ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、――それというのも全人類が罪を犯したからです。」

罪と死の影響は人類すべての人に感染しました。すべての人々を救うために、神様は一人の男を選ばれました。アブラハムです。彼の家族を通して、神様はメシアを送られるでしょう。

創世紀12:1~3「その後、主はアブラムに仰せられた。『あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。』」

神様はアブラハムを祝福され、彼の家族はイスラエルと呼ばれる大きな国となるまで成長しました。神様はイスラエルを神の民として選ばれ、創造主である神様を愛していない他の国と分けられました。

神様はイスラエルに、どのように生きるかを示すために「律法」を与えられました。 
神様はイスラエルに、神様にどのように近づくかを示すために「神殿」与えられました。 
神様はイスラエルに、どのようにして罪が死によって扱われなければならないかを示すために、動物の「犠牲」という仕組みを与えられました。 
 
しかし神様はすでにご存知でしたが、 
その「律法」は、イスラエル国民がどれほど罪深い状態にあるかを明らかにしただけで、その問題を解決するものではありませんでした。 
その「神殿」は、年に一回、たったひとりの人が神様に近づくことを許すだけで、神様との命を回復させるものではありませんでした。 
その「犠牲」はイスラエル国民に彼ら自身の罪深い状態を思い起こさせるだけで、それらによって彼らが清められるわけではありませんでした。 

ヘブル10:1~4「律法には、後に来るすばらしいものの影はあっても、その実物はないのですから、律法は、年ごとに絶えずささげられる同じいけにえによって神に近づいて来る人々を、完全にすることができないのです。もしそれができたのであったら、礼拝する人々は、一度きよめられた者として、もはや罪を意識しなかったはずであり、したがって、ささげ物をすることは、やんだはずです。ところがかえって、これらのささげ物によって、罪が年ごとに思い出されるのです。雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません。」

神様は、近い将来に罪とその影響を一度限り、完全に除き去られます。

[創世記、出エジプト記、民数記、ヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル記、列王記、エズラ記、ネヘミヤ記全体を読んでみましょう]

第4章:メシア

ついに、そして完璧なタイミングで、神様は御子を人間の体で、赤ん坊として生まれる形で地上に送られました。

ガラテヤ4:4~5「しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者…」

その赤ちゃんは「イエス」という名が与えられました。彼は「キリスト」や「メシア」と呼ばれました。

すべての人間たちと異なり、イエスは神様の与えられた律法に従い、完全な人生を送られました。イエスは一度も罪を犯さなかったのです。

ヘブル4:15 [イエスは]「罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。」

イエスは完全なるイスラエル人であるとともに、完全なる人間でした。彼は過去の預言者たちが言及していたメシアがするであろうと述べられていた事柄を達成するために来られました。イエスが生まれる700年以上も前に下のことは預言されていました。

しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。」(イザヤ書53:5~6)

イエスは、死の根本的な問題である罪を解決するために来られたメシアでした。イエスは人類の罪の責任を負われ、私達の代役として死なれました。 
 
第一ペテロ2:24「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」 
 
このような方法で、メシアは彼自身の死をもって罪に打ち勝たれました。罪が打ち負かされたので、死は力を失いました。それで、イエスは勝利者として死の中からよみがえられました。イエスはもう二度と死にません。イエスは罪と死から開放された最初の存在でした。そして、イエスに信仰を持って従うすべての人は、同じように罪と死から開放されます。 
 
第一コリント15:22~23「すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。しかし、おのおのにその順番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。」 
 
[マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、またはヨハネによる福音書全体を読んでみましょう] 
 
第5章:回復
 
現在: 
イエスの復活後、彼を信じるもの全ては霊的に新しく作られています。イエスを信じる者全ては、神様の新しい人間性を手に入れた人たち、つまり「教会」と呼ばれる、神様の新しいイスラエル、新しい民の一員です。

第一ペテロ2:9~10「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。」

イエスの復活と昇天後に教会は始まり、現在に至ります。キリストにある新しい人間性の代表者としての教会は、世界中にこの新しい創造の良い知らせを広めていく使命を与えられています。

将来:
イエスの復活は、クリスチャンの心と生活の中で霊的な新しい創造を始めました。私達は、天と地が新しく作られ、人類が神とともにもう一度生きるという物理的な新しい創造を待ち望んでいます。 
 
イエスの復活後、彼は天に昇られましたが、彼はすぐに戻ってきます。そのことはいつ起こってもおかしくありません!初めてイエスが来られた時は、謙遜にも、赤ん坊として来られましたが、二度目に来られるときは勝利を収めた王、そして再創造をされる方として来られます。 
 
イエスは、すでに死んだすべての者を蘇らせ、彼を信じているかどうかによって裁かれます。イエスを彼らの人生を通して拒否する者は、永遠の死へ渡され、イエスを信じる者は新しい創造物として神と共に永遠に生きます。 
 
黙示録21:1~5「また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。」 
 
最後に、神の創造物は罪も死もない完全な状態へと回復されます。もう一度、人類は神の栄光と神への賛美を持って地を牧することでしょう。命は神とともにあり、永遠であり、善いものとなるでしょう。

[使徒とヨハネによる黙示録全体を読んでみましょう]