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013: 言い訳

私たちのほとんどが、私たちがイエスの福音を宣べ伝えなければならない、いや、宣べ伝えたい!と思っていることを知っています。しかし私たちを沈黙させてしまう、よくある言い訳がいくつかあります。

1.「もし拒否されたらどうしよう?」時折、私たちは、神様の意見を一番気にかけるべき時に、他人の意見を聞いてしまいます。ガラテア1:10 - 「」そして私たちの伝道に対する努力が反対に直面するとき、彼らは私たちを否定しているのではなく、イエスを否定しているのです。私たちは、イエスが苦しまれたのと同じ状況で宣べ伝えるということは喜ばしいことです。(マタイ5:11-12)誰かによって私たちにすることができる最悪なことは、私たちの体を殺すことですが、私たちクリスチャンは死ぬと神と共に永遠にいることになります。

2.「どうすればいいかわからない」私たち皆、誰かによってキリストに導かれたので、どのように他の人をキリストに導くかを知っています。たとえ1日しかクリスチャンになっていなかったとしても、イエスが自分自身に何をしてくださったかを他の人に伝え、その人達をイエスに従うよう招待することによって弟子を作ることが出来ます。更に、ファーストステップのように、私たちが福音を伝えるために使うことができる情報は沢山あります。学ぶための一番いい方法は、まずやってみることです。

3.「もし福音を伝えることによって人間関係が損なわれたらどうしよう?」私たちの恐れが現実になることはそれほど多くありませんが、イエスは友達や家族との間に分裂を生じさせられました。永遠を視野に入れた見方を保つことは非常に重要です。神と永遠に共にいる天国と、神と永遠に隔絶された地獄が問題になっているのです。私たちが出来る最も愛ある事柄は、イエスによって可能になった救いについて伝えることです。良い友や良い家族は、友や家族にイエスのことを伝えます。

4.「怠け者なんです」悲しいことに、無関心と怠惰が私たちの多くを、福音を宣べ伝えることから遠ざけています。もし神様があなたに福音を宣べ伝える時間ごとに10万円を与えられるとしたらどうしますか?正直なところ、私たちの多くは仕事をやめて全時間で神の言葉を宣べ伝えるようになるでしょう。私達は、私達がお金のためにキリストを宣べ伝えていたり、この世に神様が持たれている驚くべき愛によらずキリストを宣べ伝えていることを悔い改めるべきです。

5.「私は誰かが私の信仰について尋ねてくるのを待っています」時々私達は私たち自身が良い人生を送れば、福音のメッセージを言葉で伝えなくても、行動を通して神様の愛を他の人に示すことが出来ると考えます。この考えにはいくつかの問題があります。まず、世界中でクリスチャンだけが優しく、思いやりがあり、寛大であるわけではありません。さらに、あなたが会話を始めなければ、誰かがあなたの信仰について聞いてくることは稀です。3つ目として、聖書はローマ10:14で「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。」。私達は話す必要があるのです。

6.「彼らの質問にこたえられません」避けられないことですが、福音を携えて人と出会う時、どのように答えたらいいかわからないことがあります。気にする必要はありません。「いい質問ですね。答えは今すぐわかりませんが、わかったらお知らせしますね」と言いましょう。それは後で質問に答えることによって、私たちが、彼らの真実との格闘をどれほど助けたいと思っているかを示すことになります。
他の言い訳もあるかもしれませんが、私たちは、「神への愛」と「他の人への愛」は、私たちがリスクを取り、イエス・キリストの福音をできるだけ多くの人に伝えるのに必要かつ十分なものであるということを忘れてはいけません。

Mark Cahill著『One Thing You Can't Do in Heaven』より引用