ペテロの手紙第一 外人として扱われる from Mustard Seed Osaka on Vimeo.

スモールグループの勉強:

クリスチャン生活で苦しむことは普通なことです。  

ペテロの手紙第一4章12節  「愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく...」  

質問:悪いことが起きたとき、神が自分自身に起こっていると考えたり、自分自身がなにか間違ったことをしたと考えるように誘惑されたことがありますか?この聖句はその考え方をどのように変えますか?  

困難に遭うとき、ペテロ第一は私たちに3つのことをするように教えています。  

①神を信頼する  

ペテロの手紙第一2章23節 「ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。」  

質問:神を裁判官として信じることは、あなたが迫害の経験のし方をどのように変えますか?  

②キリストの手本に倣う  

ペテロの手紙第一2章21〜25節 「あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」  

質問:23節を見てみましょう。あなたがクリスチャンであるがゆえに迫害や社会的圧力を経験するとき、嫌悪感を抱いたり、脅したり、憎しみを憎しみで返すように誘惑されたことはありますか?キリストの模範は、私達の苦しみ方をどのように変えますか?  

③喜ぶ  

クリスチャンは苦難にあってどのように喜ぶことが出来ましたか?次の3つの聖句を読んでそれを見つけてみましょう。  

ペテロの手紙第一1章6〜7節 「そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。」  

ペテロの手紙第一2章19節 「人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。」  

ペテロの手紙第一4章13〜14節 「むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現われるときにも、喜びおどる者となるためです。もしキリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら、栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。」  

話し合う:これらの聖句から、クリスチャンは苦難にあってどのように喜ぶことが出来ますか?