マタイ : 神の御国へと召命される {マタイによる福音書8章18-22節} from Mustard Seed Osaka on Vimeo.

スモールグループのレッスン

 イエスは、弟子となろうとする者たちに何よりもまず神様を第一にするようにと呼び求めています。マタイによる福音書8:18-22では、イエスは二人の自称・弟子に、自己の快適さ(8:20)そして自分の家族(8:22)より神の子に付き従うことを優先しなさいと求めました。説教で話されたように、神様より何かを優先することは「偶像礼拝」です。  

出エジプト記20:1-6を読みましょう。  

文字通りに言って、誤った神や偶像(例:仏や天照大神)に祈ったり、希望を置いたり、信頼したり、崇めたりすることは偶像礼拝の罪です。 クリスチャンとして、私たちは偶像礼拝に信頼を置いたり偶像礼拝に関連する慣習から完全に背を向けなければなりません。私たちはこの世で唯一の神として私たちの絶対的な真実の神に献身します。偶像礼拝は神に対する不貞行為です(ホセア書4:12参照)。  

さらに、もしあるものを神様より優先したり、愛したり、求めたり、恐れたりすれば私たちはそれを偶像にしてしまいます。これはつまり家族や仕事、お金、娯楽、安全といった良いものでも、もし神様より上に置くのなら、私たちの心で偶像になりうるということです。  

クリスチャンとして、私たちは日々偶像から背を向け(悔い改め)、幸福・満足・いのちの究極的な源としての私たちの神様のほうに向かう(信頼する)必要があります。そうするために、私たちは自分たちの心で偶像化してしまっているものを特定しなければなりません。  
リストを声に出して読みましょう。  

このことだけが人生で意味をもつ…   

  • 1. もし力をもって、他の人に対して力(権力、支配力、影響力)の影響を及ばせるなら、生きる価値が ある。「力(権力、支配力、影響力)」の偶像  
  • 2. もし、______に愛され、導かれるなら、生きる価値がある。「周囲に認められること」の偶 像  
  • 3. もし、ある程度の生活の質と、それにみあう楽しい経験をもつなら、生きる価値がある。     「楽しいこと・困難のないこと」の偶像  
  • 4. もし、特別な容姿と体をもつとすれば、生きる価値がある。「容姿」の偶像  
  • 5. もし、______の分野においては、自分の人生を支配できるなら、生きる価値がある。    「ものごとを左右すること」の偶像  
  • 6. もし、人が私を頼りにしてくれていて、私を必要としているとすれば、生きる価値がある。    「援助すること」の偶像  
  • 7. もし、私を守り、安全を確保してくれる人がいるとすれば、生きる価値がある。「依存することの偶 像」  
  • 8. もし、誰かのお世話をしなければならないという義務や責任から解放されるなら、生きる価値があ る。「自立すること」の偶像  
  • 9. もし、たくさん仕事をして、高い利益をもたらすなら、生きる価値がある。 「仕事をすること」の偶像   
  • 10. もし、業績が認められ、自分の経験が秀でているなら、生きる価値がある。           「手柄をたてること」の偶像  
  • 11. もし、健康で金銭的な自由で、良い地位があるなら、生きる価値がある。「物質主義」の偶像  
  • 12. もし、自分の信仰の道徳律を支持してその活動を遂行するなら、生きる価値がある。       「信奉すること」の偶像  
  • 13. もし、私の人生に特定の人がいて、そこに幸せがあるなら、生きる価値がある。         「ある特定の人」の偶像  
  • 14. もし、組織的な宗教から完全に独立していて、自分の道徳をもっているなら、生きる価値がある。 「無信仰・無宗教」の偶像  
  • 15. もし、自分の民族・文化が優勢で優れたものとして認められるなら、生きる価値がある。 「民族および文化」の偶像  
  • 16. もし、特定の社会的なグループや、専門的なグループあるいは自分を受け入れてくれるグループに属 しているなら生きる価値がある。「内輪・仲間」の偶像 
  • 17. もし、子どもや親が幸せであるなら、生きる価値がある。「家族」の偶像  
  • 18. もし、ある人が自分を慕ってくれるなら、生きる価値がある。「親好」の偶像  
  • 19. もし、ある問題で傷つきその時だけ愛や罪に対処する価値があると感じるなら、生きる価値があ る。「苦しみ」の偶像  
  • 20. もし、自分の政治的、社会的な運動・党派が発展して権力を握ることができるなら、生きる価値が ある。「イデオロギー・観念論」の偶像  
  • 21. もし、偶像や、先祖や、異教の神や、異教の宗教などを崇拝したら、生きる価値がある。「実際の 偶像礼拝」 


これらの中であなたはどの偶像に悩んでいますか?  

自分たちの心をもっと深くのぞくと、自分たちの罪深い行為のほとんどは心で偶像化してしまっているものに根ざしていることがわかります。例えば、ある人は楽しみのために新しいものを買いたいので、お金に強欲になっているかもしれません。その場合、その人は快適さの偶像を持っているのです。別の人は安全に暮らすための経済的余裕を持ちたいので、お金に強欲になっているかもしれません。その場合、その人は安全の偶像を持っています。事実、上のリストの偶像と私たちが悩む日々の偶像は、次の図の四つの根源的な偶像の一つにつながっています。  

図2を見てみましょう。あなたはこの中でどの偶像に一番誘惑されやすい傾向にありますか?  



これらの偶像は私たちを幸せにすると約束しますが、永続する幸せや真のいのちを決して与えることはできません。イエスはこのように言われます。「盗み人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。私がきたのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに保つためです」(ヨハネ10:10)偶像に背を向けるほどに、私たちは唯一満たしと永続するいのちを与えられる神様に向くようになります。  

次のリストを見てみましょう。  

  • 権力の偶像なら、「神の栄光によって私は結果を出す必要がありません」と思い出し信頼しましょう。 
  • 称賛の偶像なら、「神の恵みによって私は自分自身証明する必要がありません」と思い出して信頼しましょう。 
  • 保障の偶像なら、「神の偉大さによって私は人生をコントロールする必要がありません」と思い出して信頼しましょう。 
  • 快適さの偶像なら、「神様の愛によって私たちは他のものに平安や安らぎを求める必要がありません」と思い出して信頼しましょう。 

今この中で神様のどの性質が特に、あなたにとって良い知らせでしょうか?    
まとめ:空っぽの偶像から背を向け、私たちの素晴らしく、栄光のある、恵み深い、良い神のほうに向く。