イエスの裁判 from Mustard Seed Osaka on Vimeo.

スモールグループの勉強:
私たちは人間ではなく神を恐れなければなりません。(マタイ10:28) このことは、神を喜ばせることを、私たちが最重要視するということを意味します。神は、私たちの主です。神の御意志と権威は、政府や上司、親や友達よりも高いものであり、絶対的なものです。私たちはノンクリスチャンの社会を喜ばせるという圧力を感じますが、人ではなく神を恐れなければなりません。    

イエスが、どのように、力強い人であったピラトの前で真理の告白を大胆にしたかを読んでみましょう。  
ヨハネ 18:33-38 & 19:9-11を読みましょう。

一方で、ピラトは神よりも人を恐れました。ピラトはイエスが無罪であるという真実を知っており(19:6)、イエスを釈放しようとし(19:12)、彼を恐れた(19:8)にも関わらず、最終的には群衆からの圧力と彼らへの恐れに屈しました。 
ヨハネ 19:12-16を読みましょう。 

ノンクリスチャンの社会、家族、同僚、上司、友達のうち、誰から最も圧力を感じますか? 

どのような種類の圧力に直面していますか?それらは神様のご意思に反するものですか? 

最近、あなたは神様と人間どちらを恐れましたか? 

ガラテア 1:10を読みましょう。 

いつもすべての人喜ばせ、幸せにすることは不可能です。誰かを喜ばせるために、誰かを不快にさせることでしょう。1人に「はい」と言うと、多くのほかの人に「いいえ」と言うことになります。あなたがイエスを喜ばせるために、あなたが生活において今すぐにすべきことは何でしょうか?